同じ分野の研究者が、続けて死んでいく
未解決CASE #011不明

同じ分野の研究者が、続けて死んでいく

回収案件

回収報告 No.011。

前号の通信で予告したとおり、今夜は陰謀論の、濃い霧の中へ。

今夜の案件には、被害者がいます。実在の研究者たちです。当局は、彼らの死を面白がるためにこの報告を作るのではありません。彼らの死を「一本の糸」で結びたがる、その引力のほうを解剖するために、回収します。

まず、語られている物語を、語られているとおりに並べてみましょう。

「ある専門分野の科学者が、不自然なほど立て続けに、奇妙な死に方をしている」。

2001年秋、米国でテロが世界を揺らした、あの数か月のことです。

11月、ハーバード大学を拠点とする著名な生化学者が、出張先の街で姿を消した。学会の晩餐会のあと、忽然と。後に遺体が川で見つかります。同じ月、別の州では、DNA研究の専門家が自宅の農場で刺殺された。さらに別の研究者が、海外の研究施設へ向かう途中で命を落とす。

そこから、次々と訃報が続きました。オーストラリアの研究所で、窒素の満ちた気密室に閉じ込められて死んだ研究者。モスクワで頭を殴打された研究者。英国で、奇妙な姿勢のまま自宅で発見された研究者。米国では、同僚にピザの配達のさなかに撃たれた研究者。自ら操縦する飛行機が墜落した研究者。

ある新聞が2002年にまとめたところでは——五か月のあいだに、世界の第一線の微生物学者が、十一人。

並べられた肩書きが、不気味さを増幅します。生物兵器に転用しうる病原体の研究者。バイオテロ対策の専門家。冷戦期の旧ソ連の生物兵器計画から亡命した科学者と関わりのあった人物。——テロと炭疽菌事件で世界が神経を尖らせていた、まさにその時期に。

「これは偶然ではない」。そう囁く声が、当時のウェブサイトやラジオ番組を埋めました。誰かが、知りすぎた科学者たちの口を、塞いで回っているのではないか、と。

実は、この物語には、二十年前に作られた鋳型があります。

1980年代の英国。レーガン政権の戦略防衛構想(SDI)——いわゆる「スター・ウォーズ計画」に関連する、極秘の軍事電子技術。その研究に携わっていた、防衛企業GEC-マルコーニとその関連企業の科学者・技術者たちのあいだで、奇妙な死が相次いだのです。

1982年から1990年にかけて、結びつけられた死者は、20人を超えるとされます。報じられ方は、微生物学者の比ではないほど、グロテスクでした。

首にロープを巻き、その一端を木に結び、車を急発進させた者。歯の詰め物に電線を差し込み、自ら感電した者。ガレージで排気ガスに包まれて死んだ者。ガソリン容器を満載した車で建物に突っ込んだ者。橋から落ちた者。

検視は、その多くを「自殺」または「事故」と結論しました。けれど、職務の秘匿性と、死に方の異様さが、人々を納得させなかった。一部の国会議員や労働組合の指導者が、政府に調査を求めた。冷戦下、東側の工作機関が、SDIの頭脳を一人ずつ消しているのではないか——そんな疑念が、当時の新聞や、一冊の調査本によって、英国中に広がりました。

英国国防省の回答は、短いものでした。これらの死に、関連は見いだせない。あえて理由を挙げるなら、秘密の防衛研究という、異常に高いストレスにさらされた職業集団に起きた、偶然の重なりだろう、と。

その回答が、人々を黙らせることは、ありませんでした。

二十年後、海の向こうで微生物学者が続けて亡くなったとき、人々の脳裏には、すでにこの「鋳型」があった。新しい死は、古い物語の続編として、すんなりと受信されたのです。

何者かが、知りすぎた者たちを消している。問いは、今もネットの暗がりで、周期的に再燃し続けています。

……回収案件の報告は、ここまで。ここから先は、灯りをつけて、当局の解剖台で。


解剖記録

今夜の解剖は、いつもより慎重に進めます。台に載っているのは、実在の死だからです。当局は、個々の死の悲しみを軽んじません。解剖するのは死そのものではなく、それらを一本の線で結ぼうとする、人間の脳の癖のほうです。

微生物学者たちの死は、実在します。マルコーニの技術者たちの死も、実在します。死者の名前も、おおよその日付も、報道と公的記録に残っている。ここは動きません。

そして、もうひとつ確定していることがあります。それぞれの死の「公式な死因」は、見事なまでにバラバラだということです。

微生物学者の一覧を、もう一度ほどいてみましょう。自動車強盗による暴行。同居人の関係者による刺殺。研究所での窒素事故。本人が操縦した飛行機の墜落。同僚による殺人と、その後の自殺。交通事故。脳卒中。——これらは、ひとつの手口でも、ひとつの動機でもありません。「謎の死」とひとくくりにされた中身は、世界各地で、まったく無関係の理由で起きた出来事の寄せ集めでした。マルコーニの事例も同様で、企業の内部調査も国防省も、死者どうしの繋がり、共謀の形跡、機密漏洩の痕跡を、いずれも見いだせなかったと記録されています。

ここで、概念をひとつ解剖台に載せます。テキサスの狙撃兵の誤謬です。

——下手な射撃手が、納屋の壁に向かってでたらめに銃を撃つ。撃ち終えてから、弾痕が偶然いちばん密集している場所を探し、その周りに後から的を描く。そして言うのです。「見ろ、俺は全弾を的の中心に当てた」と。

「消えた科学者たち」の物語は、この誤謬の純粋な標本です。まず無数の死(弾痕)が、世界中で、常に起きている。語り手は、その中から「科学者」「同じ分野」「近い時期」という条件で密集して見える一群を選び出し、その周りに後から「陰謀」という的を描く。的を先に決めたのではなく、弾痕を見てから的を描いている。これが、線の正体です。

ここに、もうひとつの道具——基準率(ベースレート)を当てると、線はさらにほどけます。世界には、何万人もの微生物学者がいます。何万人もの防衛技術者がいます。ある程度の規模の集団なら、五か月のあいだに十数人が様々な理由で亡くなることは、統計的に、むしろ「起きて当然」の数字なのです。マルコーニの事例で国防省が指摘した点も、まさにこれでした。死者の大半は20代から40代の男性で、その年齢層の男性にとって自殺は死因の上位を占める。秘密保持の重圧で悩みを誰にも打ち明けられない職業環境は、その傾向をさらに押し上げ得る。——悲しいが、異常ではない数字。それが、検証する側の見立てです。

つまり、「科学者だけが不自然に死んでいる」という前提そのものが、検証に耐えません。比較すべき「普通の年の、普通の科学者の死亡数」を並べた瞬間、密集は消えてしまう。私たちは、的の外に当たった大多数の弾痕——平穏に長生きした圧倒的多数の科学者——を、最初から数えていないのです。

ここからが、当局の本題です。種を明かしても、この奇譚は閉じません。理由は三つ、層になっています。

ひとつ。死に方が、確かに奇妙だったこと。歯に電線、首と木をロープで繋いで車で発進——これらは作り話ではなく、検視記録に残る事実です。No.006のMKウルトラで使った言葉を、また持ち出します。真実の核。一片の確かな異様さが、その周りの陰謀という虚構にまで、信憑性を貸し与えてしまう。

ふたつ。時代の文脈が、最高の舞台装置だったこと。テロと炭疽菌。冷戦と核の傘。情報機関が本当に生物兵器計画を追い、防衛技術が本当に国家機密だった時代。背景が「あり得そう」であるほど、物語は重力を増します。

みっつ。そして最も深い理由。「ただの偶然だった」という結論を、人間の脳は、なかなか受け取れないのです。No.001のディアトロフ峠で見たとおり、私たちの脳は、断片を因果の物語に編まずにはいられない(ナラティブ・バイアス)。「十一人が、それぞれ無関係に、たまたま近い時期に死んだ」よりも、「何者かが消して回った」のほうが、不安な脳には、かえって据わりがいい。秩序ある悪意は、無秩序な偶然より、ある意味で安心なのです。

種を明かします。線は、なかった。あったのは、世界中に散らばる無関係な点と、それを結びたがる、私たち自身の指です。

それでも——当局は、最後にひとつだけ書き残します。陰謀がなかったことは、彼らが亡くなった事実を、何ひとつ軽くしません。橋から落ちた24歳がいた。農場で刺された研究者がいた。窒素の部屋に閉じ込められた技師がいた。陰謀論は、その一人ひとりの固有の死を、「事件Xの何番目の点」へと塗りつぶしてしまう。

本当に回収すべきだったのは、壮大な暗殺計画ではなく、線に飲み込まれて見えなくなった、十一の、二十五の、別々の死のほうだったのかもしれません。当局はそう記録します。

※この回で触れた死は、いずれも実在します。ご遺族や関係者がいることに鑑み、当局は故人の固有名の列挙を控え、検証可能な事実の範囲で構成しました。


未回収案件

このコーナーは無料受信者にも公開されます。

案件AE:27クラブ ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリンら、著名な音楽家が27歳で世を去った例が並ぶ「27クラブ」。実在の死を集めた語りだが、統計的検証では「27歳が特別に危険」という事実は確認されていない。テキサスの狙撃兵の誤謬の、音楽史バージョンとして、いずれ本編で回収予定。

案件AF:呪われたツタンカーメン 1922年のツタンカーメン王墓発掘後、関係者が次々と「呪い」で死んだとされる伝説。実際には発掘隊の大半は長命で、新聞が一部の死だけを選んで結びつけた経緯が検証されている。「点を選んで線を引く」古典的事例として記録します。

案件AG:消された研究者のフォルダ ネット掲示板で、「亡くなった研究者のクラウドから、未発表の危険な論文だけが消えていた」系の連作投稿が拡散中。実在の連続死の語彙を借りた創作(ネット怪談)で、語りの完成度が高い。当局はフィクション枠として観察を継続します。


連続死科学者陰謀論

参照した公開資料

X に投稿

関連する回収報告